トークショウ「2002FIFAワールドカップ茨城開催に向けて」(トークショウ全内容)
                 at鹿嶋セントラルホテル新館2F宴会場  2001.01.24


師岡 えー、只今ご紹介させて頂きました、
    私ニッポン放送でスポーツアナウンサーをやっております師岡と申します。
    どうぞよろしくお願い致します。
    さて、今日はですね、あのー2002FIFAワールドカップ茨城開催に向けての
    非常に難しいテーマではございましてね、
    秋田選手、高桑選手、中田選手と先程から知恵を絞りながら「難しいなぁ〜」ということで、
    考え抜いてきたんですけど、今日は、もー、ざっくばらんにですね、ホントに今までの経験、
    サッカーのお話ですとか、それからワールドカップに向けての思いなどを中心にお話を
    伺っていきたいと思います。

    えー、まずはシーズンオープン、今の時期が一番のんびりしている所からまたエンジンを
    かけていかなきゃいけないんじゃないかなぁ、と3選手ではございますが、まずは、秋田さん、
    プロサッカー、Jリーグが出来てからの初の三冠、まずはおめでとうございました!。

秋田 ありがとうございます。

師岡 今どうですか?あのー、ちょっとのんびりしている・・

秋田 いえっ、もう練習を始めているところです。

師岡 あぁ、そうですか。とにかく、やっぱり、大変な偉業でしたね、これはねぇ?

秋田 そうですね、今考えるとゾッとしますね。

師岡 ねぇー?あのー、チャンピオンになってタイムアップのホイッスルを聞いた時の秋田さんの喜んだ顔
    っていうのは、僕は本っ当に印象に残っているんですよ。
    嬉しかったでしょ?

秋田 そうですね、やぱりあの、リーグ戦を掛けた戦いが一番(印象が)強かったですね。

師岡 そして高桑大二朗選手ですが、先ほど司会のアナウンサーの方からご紹介にもありましたが、
    防御率0点台をマークした守護神!!大活躍でしたね。

高桑 (ここで拍手が起こる。思いっきり照れる。)
    ・・・・・ (←何か言っている。)



師岡 マイクが入ってません!
    (会場爆笑)
    やっぱり、あのー、2000年という年は非常に思い出深い1年になかなか、なったんじゃないですか?

高桑 本当に信じられない、っていう気持ちでした。

師岡 ですねぇ、そしてしっかりと基礎を築き上げた年でもあったと思うんですけどね、
    代表にも入りましたしねぇ?

高桑 あの、1試合だったんで、・・・(モゴモゴ)

師岡 先ずはだって、スタートがなきゃ始められないわけですしねぇ?えぇ。
    そして、中田浩二選手ですけども、中田さんにとりましても2000年というのは非常に意義のある、
    オリンピックもありました、で、チームの中でもしっかりとレギュラーを確保しました。
    思い出になった去年の1年だったのではないですか?

中田 そうですね、良い1年でしたねぇ。

師岡 ねぇ?で、もう、中田さんもさっそく今シーズンにむけて始動を始めていると?

中田 ハイ、一応カラダを動かしたり、
    まぁ、新聞に載っているような大袈裟なことはあんまりしてないんですが、
    ちょこちょこ体を動かして、やってます。


師岡 あの、この鹿島アントラーズというのが、Jリーグの中での常勝軍団という風に
    言われておりますけれども、先ほどの小椋副会長のお話にもありましたけれども、
    日本のサッカーというのは、メキシコオリンピックで一度頂点になって、それからずっーと
    日本リーグ冬の時代があって、そしてプロサッカーが生まれて、
    ワールドカップ初出場になる、ということなんですけど。
    私も久しぶりに鹿嶋に来させて頂きまして、来るたびに思うんですけども、
    街がにぎやかになったなぁ、という感じがいたしました。
    あのー、秋田さんも確か92年にここ鹿嶋。

秋田 ハイ、93年です。


師岡 あっ、93年?田舎だったでしょ〜?
(会場笑)

秋田 そうですねぇ。

師岡 今だから言えますけれども。

秋田 そうですね、ジャスコも出来て。(会場爆笑)
    あと、あのーマクドナルドもできましたし、ミスタードーナッツも。
    非常に喜んでます(笑)


師岡 あの、93年にアントラーズの選手達に話に聞きますと、集まるの何処で、どういったところで遊ぶの?
    って聞いたらファミレスです、っていう答えが多かったんですけどねぇ。
    まぁ、それからしますとねぇ、この鹿嶋というところにサッカーを中心にして、
    しっかりと根付いたなぁっていう感じかしますねぇ?

秋田 そうですねぇ、あのーまぁ、自分がチームの方に話を頂いたのが、やっぱり、このー
    鹿嶋という町で、町おこし、村おこしだっていうのを最初に言われて、
    それを目指して、まぁ、ボクが入ってから、8年ですか?っていうことで、先ほど言われましたが
    いろいろなことがあって、少しでもお役に立てたんじゃないかな?とそしてまた、あのー
    カシマって言う町は、九州にもあるんですけど、カシマといえば、鹿島神宮があって、
    九州のカシマっていわれていたんですけど、今はやっぱり、茨城の鹿嶋になって、
    すごくやってきたことは間違いじゃなかったなぁ、と


師岡    そうですね。そして、今度はワールドカップが行われるっていうんですから、大変なことですよね?


秋田 そうですね、まぁ、ボク達が小さい時はワールドカップというのはジーコがフリーキックを決めたり、
    そういう、素晴らしい、まっ夢の世界っていうのがあって、それがまぁ、98年に自分達が
    フランスワールドカップで出場、夢を達成することが出来たんで、またこれが自分の国でやる、
    開催することができるなんて夢のような話です。


師岡 そうですよねぇ。
    どうですか、秋田さんが小さい頃、
    ワールドカップというのものが日本にやってくるっていうの想像したことがあります?

秋田 あのー、プロリーグが来ること自体が、あの、やっぱり考えたこともないし、  
    ワールドカップっていうのは違う次元のことだったというイミで考えてましたね。


師岡 このワールドカップの捉え方というのは、年齢によって随分捉え方違うと思うんですが、
    年長者の秋田さんは、まぁ、本当に夢のようだと、
    で、若い中田くんがまた随分違うと思うんですけど、
    中田くんにとりまして、このワールドカップというのはどういうイメージがあります?

中田 いや、夢のような大会・・・です。

秋田 さっきは、あの、違う。

師岡 そう、違うよねっ!!

秋田 さっきは車でここに来るまでの道で
    「オレ、ワールドカップの時は16番つけよぉ〜っと」
    言ってたじゃない。

師岡 背番号まで言っちゃった。
    (会場拍手&笑)
    それくらいのやっぱり、ワールドカップに対する肌の温度の違いがあるんですね。

秋田 違いますねぇ。

師岡 違いますよね。
    あれでしょ?中田くんからするともう、ワールドカップというのは行って当然というイメージが
    あるんじゃないかな、って思うんですが

中田 いやっ、そうイメージはあんまないですけどぉ、もうボクが小さい時、ってか
    ボクが中学、高校の時にもう、2002年であるっていうのがもう前提だったんで。


師岡 そう、もう分かってたんだよねぇ。

中田 そうですね、それで、ちょうど前に予選勝ちぬいてフランスワールドカップに出てたんで・・・
    だんだん、身近って言うか、そう言う風に考えるようになったっていうか。


師岡 うーん。
    あの、一方、高桑くんにしますと、その、ワールドカップ2002記念大会というのが、
    去年その、代表のユニフォーム着ましたよね?なんとなく近いものになったんじゃないですか?

高桑 そうですね、ホント、目指してきたことなんで、とにかく信じられないというか、
    もう、先のことと思ったんで、
    まさか自分が狙えるところまで来れたなんてホント、信じられないです。


師岡 そうですよねぇ、あのー、中田くんが先ほど背番号16番にしよう、なんて話していたけれど、
    本当にもう、身近なところでしょ?高桑さんも?

高桑 いえ、ボクはもう全然・・・。
    (会場笑)


師岡 えっ?!
    いやいや、言葉と胸の中とは裏腹に?
    本音の扉を開けてみると、何としても狙ってやるゾと

高桑 そうですね
    (師岡さんと言葉が重なってしまったので、恐らくこう答えたと推測されます。)

師岡 秋田さんはフランスワールドカップ出場しましたけれども、2002年何としてでも、ねぇ?
    自国で行われる大会には、

秋田 出たいですねぇー。

師岡 そうですよねぇ。

秋田 先ほど講演された小椋さんに、
    「コーチとして2002年がんばってくれ」って言われちゃいました。
    「あの、ちょっと待って下さい」って、
    「ボクはまだ2002年も選手としてワールドカップを目指します」って先ほど言ったばかりなんです


師岡 ここハッキリしておいたほうがいいですね。選手としてね。
    小椋副会長宜しくお願いします。(会場拍手)
    さて、そのワールドカップなんですけども、98年のフランスワールドカップ日本が初めて出ました。
    あのー、試合会場はトゥールーズ、ナント、リヨン。
    日本がここで3試合行ったわけです。
    で、合宿にはエクスレバンという温泉地で行ったわけなんですけれども、
    初めて秋田さん、このワールドカップというものを経験して、例えば練習場、ホテル、
    それから警備、移動いろんなことを含めましてNo.1という世界大会だなと感じされたのではないですか?

秋田 そうですね、やっぱり移動のときに向こうでは、彼らがマネージャー、チームをあのー、
    警察、あのーポリスマンがやっぱり先導していくんですよね。
    あちらでは当たり前だったんで。
    日本っていうのはそういうのが出来るのかな?そういうことは本当に考えましたね。
    他のホテルとかグランド、施設面ではもう、やっぱり
    フランスのグランドよりボクはあのー、日本のグランドのほうが素晴らしいと思いますね。

師岡 なるほど。そうしますと日本のサッカーというのは、
    もうハード面は、確実に世界と格差なくなってきていますか?

秋田 そうですね。まぁ、全てがボクは見てきたわけではないんで、
    ボクが見てきた中では本当に同レベル以上のものがあるとボクは思うんで。

師岡 なるほど。
    そのあたり高桑さん、それから中田さんも海外で試合したりなんかしまして
    その、グランド面ですとかホテル面、このあたりはもう日本は世界に誇れるというカンジまで来てますかね?
    特にグランド面は?
    (兄さん、キョロキョロとなかたん、師岡さんを交互にみる。会場失笑。)
    高桑さんから、ハイ。

高桑 そうですね。あのー、まぁ去年レバノンに行きまして。
    グランド、えー、グランドであの、試合をしたんですけど。
    本当に芝生も日本のが全然良くて。
    環境面も本当にま、自分は(日本のが)本当に良いと思います。


師岡 中田くんはどうですか?

中田 ハイ、あのー、ボク、去年オリンピック出たんですけど、
    やっぱり、オーストラリア、見た目ではスゴイキレイっぽく
    テレビ見てた人は思ったんじゃないかなぁ、って思ったんですけど、
    実際は結構ボコボコな面とかあったし、まぁあと、
    平らじゃなくてちょっとナナメにこうなった(手をナナメに傾ける)
    グランドだったんで、やっぱりグランド面では日本のがいいんじゃないかなぁ、と思いました。


師岡 そうでしょうねぇ。あのー、私もシドニーオリンピック中継で行きましたけれども、
    本当に近くで見ると、あぁ、日本のグランドのがいいなぁ、って思いますもんね。
    えぇ。これはあの、選手達はグランドの上ですけれども、
    我々に直しますと、放送する側からしますと放送ブースというのがあるですけれども、
    その放送ブースも明らかにアジアの中で日本がNo.1でありますし、
    ヨーロッパそれからオーストラリアから比べても、最上級に近い、そういった施設面誇れると思います。
    この辺りはもう自信を持っていただきたいと思うんですが、それからボランティアの協力
    これはもう、秋田さん、選手だとあんまり感じなかったかなぁ?

秋田 そうですね、試合観に行くっていうのがあまりなかったので、
    そういう、あの、ボランティアの方は本当に一緒になれなかったですね。


師岡 フランスワールドカップですと英語それから中国語で、ナント、リヨン、トゥールーズこちらのほうでは日本語。
    ボランティアのみなさんがアジア系の我々を見ますと日本語で話しかけてくれますし、
    バスの乗り方、交通施設などの案内も素晴らしいほどボランティアの皆さん達の協力、
    これはボクはフランスワールドカップに行って痛切に感じました。
    えー、これも是非、2002年のですね、ワールドカップでは
    日本人が今度は是非していただきたいなぁ、と言う風に感じております。

    えー、今度はですね、御三人さんたちにサッカーに関して、
    また日本人のサッカーを見る目もだいぶ肥えてきたと思うんですが、
    秋田さん、あのー、日本がワールドカップに近づいてきたのが、まっ、アメリカワールドカップの予選、
    俗に言われますドーハの悲劇が始まったわけですけれども、
    あの時はやっぱり、日本のサポーター達の見る目も「行けるんだろうか?ムリだろう??」という目で
    ハッキリいってヒヤヒヤした目で見ていましたよね。当時はね。

秋田 そうですね。

師岡 ねぇ?その後に、アトランタオリンピックの予選がありました。
    あの時は結構厳しかったですね。

秋田 ハイ。

師岡 そして、フランスワールドカップの予選。秋田さん代表で選出されました。
    苦しかったですねぇ、これもねぇ?

秋田 苦しかったですねぇ、やっぱり。

師岡 それで、だんだん日本人の見る目が肥えてきたんで、

秋田 そうですね。カズとかギリギリのところまで行きましたんで、
    やっぱり、今度はあのー、いろいろとあって、
    ”出れて当たり前”ていう目で見られるようになりましたね


師岡 ですから、プレーひとつひとつとっても、「なんでそういうプレーをするんだ?」
    とかね?みんな評論家になったりなんかする部分もありましね。
    重圧、結構あったんじゃないですか?

秋田 ハイ。重圧は・・・ナイって言ったら嘘になりますけど、
    でも、・・・楽しんで、それをあのー、この、もっていましたけど。


師岡 なるほど。やはり重圧って部分がだいぶ、まっ、
    口ではせいだとは言わないとは思うんですが、あると思うんですが、
    そこから比べますと、中田さん、シドニーオリンピックの最終予選は楽だったんじゃないですか?

中田 そう、まぁ・・・こー

師岡 そんな言われますと腹が立ちますけれども?

中田 そうですね。でも、やっぱり注目度っていうか、見られ方はもう、ホント行って当たり前とか、
    そう言う風な書き方しかされなかったんで、
    勝っているのにヘタな試合をするとまた悪く書かれるだけですし、、、


師岡 そうでしたねぇ。

中田 あとは、そういうプレッシャーも多少あったんですけどね。

師岡 ”行ければいい”、ということから、この勝ち方まで言われるようになってくる。
    これはやっぱり日本のサッカーが急激に熟してきているなぁ、って感じするんですけれどもね。
    高桑さんとかは、やっぱりこう、ずーっとサッカーやってこられて日本が世界に匹敵する、
    そういったものを肌でだいぶ感じるようになってきたんじゃないですか?

高桑 そうスね。あのー今までは寮の食堂でテレビ見て、秋田さん達の予選をやってた、
    そういう面でも雲の上の人のような人達が出てきたんですけども、
    やっぱりこう、まぁ、いけるんじゃないかな、という


師岡 実感としてね。

高桑 そう実感が伝わってきたなぁ、っていう。かなり

師岡 もう、あのー下の選手からすると、
    高桑選手がいつのまにか雲の上の人になっているんですよ

高桑 いや、、、そんなことはナイですよ、、、
    (照れる)


師岡 えっ?
    いや、いや、大丈夫!防御率0点台!
    ねっ!どうですか?秋田さん

秋田 すごいですよねぇ。ハイ。
    ほら、やっぱり大ちゃんがいなかったら、これだけの記録は出せないと思います。


師岡 3冠はなかった?

秋田 モチロン、ないですね。
    (会場拍手。)


中田 いつもはこんなに謙虚じゃないんですけどねぇ〜。
    (会場爆笑)


高桑 あの、この間も、スーパーサッカーの時もそう言われたんですけどぉ、
    (何か言いたそう)  ・・・・・いつもこうです。


師岡 いつも結構、あっ、仲間同士の時は違うんですよ、中田さん。

中田 いやー、ホント、笑いを提供してくれるいい先輩です

師岡 ボケ役もできて・・・

中田 ・・・突っ込まれるほうが多いんですけど

師岡 あっ、突っ込まれることが多い(笑)
    でも、高桑さん、ボクがとっても好きなのは、あのー、取材に行くと快く取材に応じてくれる。
    そういう姿勢ボクは大好きです、報道人を代表して。

高桑 ボクもあのー、取材されるのがすごい好きなんで。
    (会場爆笑)
    ハイ、喜んで、ハイ。


師岡 なるほどね。(笑)
    非常にスマートにあの、本来面倒でなくても、忘れないでください。

高桑 よろしくお願いします。

師岡 よろしくお願いします。ハイ。
    さて、ちょっと話のほうが横道にそれてしまったのですが、カシマサッカースタジアムが
    先ほどのお話にもありました、今年の5月に新装オープンいたします。
    コンフィデレーションカップから使用されるわけなんですけれど、スタンドが4万を越えて、
    41,800人のみなさまが観戦できるというスタジアムに変わります。
    えー、現在芝のほうが養生が、新しい芝が養生されているということなんですけれども、
    なかなか、もう、中に入ってご覧になられました?新しいスタジアムは。

中田 いや、ないです。

師岡 まだないですか?

中田 今のかたち・・・。

師岡 今のかたちになって。

中田 いや、去年試合やって以来です。それからは全然分からないです。

師岡 そうですか。秋田さんは?

秋田 あのー、ヘルメットをかぶって上がりました。

師岡 ヘルメット。あの、よく安全第一って書いてある?

秋田 ハイ。工事中で上に上がってあのー、見たんですけど、どっから見ても凄い良く見えますねぇ。

師岡 ねぇ?あのちょっと関係者の方に話を聞いたんですけども、
    2階席は傾斜が33度あるそうなんですね。これ、33度っていうと、すんごい急勾配ですよ。
    ですから、その分間近で選手のプレーを見ることができる、と。
    やっぱり、もちろんですね、同じお客さま入れるんでも、
    勾配が緩やかですとその分遠くからしか見えないんですが
    33度の傾斜がありますと、あのー、真上から見る、または間近で見られる、ということで
    これはもう本当に素晴らしいスタジアムだそうでございます。
    えー、ちょっとご説明いたしますと、私の聞きかじりなんでね、
    違ってたら関係者の方、違うっておっしゃって下さい。

    41,800人収容で、2階席は非常に勾配があります。33度。
    ピッチが非常に近く見えるということで、あと、世界的にやはり言われているのが、
    ハンディキャッパーの方に優しい施設、ということですね。
    あのー、ハンディキャパーのみなさま用に140席ありまして、1階の最前列に100席、
    それから最後尾に40席設けられるそうでございます。
    それから専用のエスカレーターも用意する、あと専用のエレベーターもある、ということで
    ハンディキャッパーの方にとりましても、本当にあの見に行きたいけれども施設がなくてという方
    多かったと思います。でまた、これまでの施設というのは、とかくそうでした。
    日本の施設はね、非常にこのあたりが不親切にこれまではできていました。
    私も色々なスタジアム、海外の競技場に行ったりなんかしましたけども、
    あー日本もこんなのができたらなぁ、なんていうのがありましたけれども、まさにここ、
    鹿嶋の新スタジアムというのが、えー、理想に近いスタジアムじゃないかなぁという気がいたします。
    なによりもあの、廊下でも段差を極力なくしている。つまりフラットにしているということで、
    車椅子の方なども非常に快適にお越しになれるんじゃないかなぁ、と思います。
    えー、スタンドについては、こういった新しいことが当たり前の様に行われ、作られているわけですけれども,
    ピッチのほうも大分素晴らしいピッチが出来ているようでございます。
    あの、先ほどから秋田さんね話したりなんかしましたけれども、
    日本の芝って言うのは相当良いですか?世界のそのスタジアムから比べて

秋田 いいですね。やっぱり。あのー、フラットでもあるし、あの、密度も濃いと思います。

師岡 芝の密度が?

秋田 はい。

師岡 はぁー。あの、中田さん先ほどオーストラリアでね、
    シドニーのほうは湾曲していたって言いましたけども、あれ海外に行きますとねぇ?
    タッチラインの所に顔を近づけて見ると,
    向こうのタッチラインの人の足元が見えない場合があるんですよね?

中田 あっ、そうなんですか?

師岡 あ、知りませんでした?(苦笑)
    だから湾曲しているんです。中央が高くなっていますから。

中田 後ろからこう、見たら、ボクは上がっているように見えたんで・・・・。

秋田 やぱりアレですね、ウチのカシマは天然芝を使っているんで、
    水が流れるように、外に流れるように真ん中を高くするようなことはしなくていいんで。
    まぁ、そのへんで違うと思いますね。


師岡 あのー、Jリーグ発足当時からこのカシマのスタジアムの芝に関しては最先端でしたもんね。
    あの、密度と強さ、高さ、それからその水はけのこととかね。

秋田 まぁ、雨が降っても溜まることはほとんどないんでね。
    大雨警報が出た位で少しボールが止まるかな、っていうくらいなんで。


師岡 そうですね。
    あのね、ヨーロッパとかこの頃衛星で見る機会とか多いと思うんですけど、
    結構水はけ悪いですもんねぇ!

秋田 そうですねー。まぁ、比較的、ドロドロの土が多いんですけどね。

師岡 日本のそういったソフト、まぁあのー、ハードですね。スタジアムのスタンドそれから
    芝生っていうのは、急速に発展したといってもいいでしょうね。
    やっぱりそれは、プロサッカーができたおかげでもあるんでしょうね。

秋田 いや、全て職人さん達のおかげですね

師岡 そうですね。ハイ。で、続いてはそのワールドカップで
    鹿嶋にその大会が、ゲームが行われるわけなんですけれども、
    先ほどフランス大会のお話にもありましたが、この大会だけのためじゃないんだと、
    これが恒久的にこの施設が出来あがる、これは素晴らしいですね。ねぇ?
    高桑さんはまだ独身でしたよね?

高桑 はい。

師岡 で、中田くんも独身。これから例えば鹿嶋で結婚して、子供さんができて、
    その子供さん達がスタジアムの付帯設備、芝の公園で自由に遊べるっていうのは
    ある意味夢のようじゃないですか?
    子供たちが芝のグランドでみんな自由にサッカーをやっているっていうのは
    理想的な風景だと思いません?

高桑  ・・・そうですね、はい。

師岡 ねぇ?

高桑 ・・・・・・。(困ってなかたんのほうを向く。)
    (会場忍び笑い)


師岡    まだそこまで想像できません?

高桑 いや、ホントにあのー、まぁ、漫画の世界ですけども、翼クンの世界ですよね。
    芝生の上で、、、ハイ。


師岡 あのー中田くんとか例えば海外にね、試合しに行ったりなんかすると、
    本当に至るところ、芝生のところで子供たちがサッカーをやっているっていう風景、
    見たと思うんですけども

中田 ハイ

師岡 ねぇ?日本ではなかなかコレできませんでしたでしょ?

中田 そうですねぇ、やっぱり、公園とか土の、ねぇ。

師岡 で、芝生の所は「芝生立ち入り禁止」っていう札があって、なんのための芝なんだ、っていうねぇ?

中田 いつもなんか育てているなんとか、って書いてあってねぇ。

師岡 そうそう!そうなんですよね。
    あの、中田くんとか、やっぱり子供の頃はサッカーは土でしょ?

中田 ハイ。土ですね。芝なんて考えないですもんね。

師岡 考えらんないですよね。ですからあのー、スライディングタックルとかやると
    もう、思いっきり太もも擦りむいたりなんかしてね。ですよね?

中田 そうですね。

師岡 秋田さんなんかもそうでしょ?

秋田 常に作ってましたね。

師岡 常にねぇ。えぇ。
    そういった面では、このワールドカップっていうのが行われて、施設が、試合が行われる施設が
    できる、それの選手達がキャンプをはる施設ができる。ということはそのキャンプ場のそばに
    芝のグランドがたくさんできる。っていうことは、やっぱりこのーワールドカップっていうのは単に
    サッカーだけじゃなくて、なんか、将来の日本、緑の文化ができるな、っていう
    そんなイメージのひとつにもなるかもしれません。

秋田 そうですね。まぁ、芝のグランドができて、やっぱそこで野球やったり、
    あのー、ラグビーやったり、いろんなことができると思うんですよ。
    それであのー、子供たちが転んでもケガをしないっていう設備がね、できれば、
    もっともっといい生活ができるんじゃないですかね?


師岡 そうですね。なんとなくあの、本当にスポーツっていうのは
    日本のこれまでの高度成長の文化の中で暇があったらできる、ていうことを
    日本人は考えられたんですけど、これからはやっぱり生活の一部として身近にそういう施設があれば、
    どんどんどんどん利用できる。
    これがひとつのワールドカップの良さなんじゃないかなぁっていう気がいたしますが。

    さて、えー、今度はですね、
    ちょっと御三人さんに世界のサッカーについて伺っていきたいと思うんですけども
    ま、2002年韓国と日本でワールドカップが行われますけれども、
    2002年の注目の国、注目の選手をちょっと教えていただきたいなぁ、と思うんですが。
    秋田さんいかがですか?

秋田 やっぱり日本ですね。日本がどこまでできるか、やっぱりこれだけの大きな大会でね、
    どれだけできるかっていうのはね、見たいっていうか、自分がやりたいですね。


師岡 やりたいですよね。コーチとしてではなくね。

秋田 はい。あの、注目の選手は中田浩二くんです。

師岡 中田浩二くん!
    (会場拍手)
    秋田さんもちろん、背中は16ですね。

秋田 そうですね。

師岡 でも、日本どのくらいまで行けますかね?楽しみな話。

秋田 ・・・まぁ、予選突破はまずいけると思うんですよ。

師岡 トルシエジャパンでいけそう?

秋田 (笑)
    でも内容のいい試合ができると思いますね。
    あのー、やっぱり、若い良い選手が凄く出てきてるんでね、
    そういう選手が順調に伸びて、まぁ、いろんなバランスがとれれば
    良い結果っていうのはおのずと生まれてくると思うんで。

師岡 ですねぇ。あのー、
    フランスワールドカップの経験っていうのを無駄にしてほしくないですね。

秋田 そうですね。

師岡 なんとしてでも1点をとるんだ、でなくて
    今度は必ず1勝、2勝するんだ、というね。

秋田 そうですね、フランスの時はディフェンスを先ず考えて、
    あのー、点を取られないことを考えてやってたんですけど、
    やっぱり今は点を取って勝つんだ、っていうサッカーに変わってきているんで
    まぁ、その辺ではまた違う日本がね、見られるんじゃないですかね。


師岡 なるほど。
    高桑さんはいかがですか、
    2002年の高桑さん自身が楽しみにしているチーム、国は?

高桑 えー、この間あのー、日韓共催で一緒になった韓国が、
    凄い、サッカーを通して、えー、何をすべきかというのが分かったんで、
    まぁ、お互い国は違いますけれども、えー、開かれるにあたって、
    いいワールドカップをあのー、開催できたらなぁ、というふうな、ハイ。


師岡 優等生ですねぇ!!

高桑  あのー、やっぱり、公の場では。

師岡 凄いですね。ユーモアがあって、素晴らしい答えになりましたけれども、
    でも、韓国、ちょっとアセっているんじゃないですか?高桑さん?
    このところ。監督も今度変わりましたしねぇ?

高桑 まぁ、あのー、日本がそれだけあのー、
    レベルが上がったっていうことなんだと、この間のアジアカップ、アジア大会とかあったんで、
    まぁあの、中田くんもあの、ワールドカップ充分いけると思うんで、
    頑張ってもらいたいと思います。


師岡 頑張ってもらいたいと思いますじゃなくて、
    頑張ってくださいよ!高桑さん!!

高桑 はい、頑張ります。

師岡 ゴールキーパー、ライバル多いですけどね。

高桑 そうですね・・・あのー。

師岡 どうです?

高桑 オールバックの人・・・。
    (会場大爆笑)
    名前は伏せておきますけども。


師岡 それからちょっと、オリンピックで鼻血出しながら頑張った・・・

高桑 あぁ、あ〜れは感動しましたね。
    (会場爆笑)


師岡 あなたが感動してちゃダメなのよ、えぇ。
    どうですか?このあたり
    ゴールキーパー争いは?目標。

高桑 えー、まぁ、でもみなさんポジションは、やっぱりひとつのポジションで、
    あのーライバルってのは秋田さんもいますし、中田くんもいろんなライバルいると思うんで、
    自分だけがこう、ねぇ、あの、オールバックの人がいるとかそういう・・・
    (会場爆笑)
    だから、まぁ、あの今、自分なりに2002年、あっ、2001年にあたって、
    結果を残して、チームで頑張ればなんか生き残れるんじゃないかなぁ、
    っていうのは、
(ここから小さくて聞き取れず(>_<))

師岡 頑張って下さいねぇ。

高桑 ありがとうございます。

師岡 応援しております。
    さっ、注目の、秋田選手も一番に注目しております中田選手です。

中田 ハイ。

師岡 やれそうですか?2002年。

中田 あ、もう、出たとしてですか?

師岡 もちろん、出るとして。
    結構良いところまで、決勝トーナメント位まで期待しちゃっていいですか?

中田 ・・・ん、まぁ、やっぱユースとオリンピックで、やっぱデカい相手と戦って
    またテレビとかいろんな試合とか見てね、で、まぁ、ある程度自信ついたし、
    いろんな経験してますし、今年もいろんな試合?関われると思うんで、
    まぁ、ホント大丈夫、と思うんですけど。
    スイマセン、真面目に答えちゃって。


師岡 いえいえ(笑)
    ちょっと、本当にユースですとかアジアカップとかオリンピック見てても、
    危なげ、っていうのはないですよね?このところの日本は。

中田 いや、そんなことはないんですけど。
    まぁ、負けるのイヤですし、勝つためにやってるんで、
    それなりの自信っていうか、そういうのもいろんな経験して持ってるんでね。


師岡 そうですねぇ。ちょっと横道反れてしまうんですけど、オリンピックのアメリカ戦は勝てたよねぇ?

中田 いや、ボク出てないから何も言えないんですけど。

師岡 あー!!そうか!

秋田 いや、あれは浩二が出なかったから負けたようなものなんですよ。

師岡 あっ、そうだよね。
    (会場拍手)

秋田 冗談です。(笑)

師岡 んーー、何か応援していて勝てたんじゃないかなぁと、
    多分ここにいらっしゃる方の10割が勝てたでしょう、みたいなね?カンジだったと思うんですけどね。

中田 まぁ、そういうこともあると思うんで。

師岡 まっ、これが勝負ですからね。

中田 はい。あのー運がツイている時もあればナイときもあると思うんで。しょうがないです。コレは。
    いい経験だと思うんで、ま、2002年つなげられたらとね、ハイ。


師岡 うまくかわされてしまいましたけれども、、えー

中田 ボクの注目選手はいいんですか?


師岡 えっ、聞くんですよ(アセる) 次の質問なんですよっ。

中田 ハイ、あのー、
    タカクワダイジロウがいつまで0点台をキープできるか
    ワールドカップでもね。


師岡 ワールドカップ防御率0点台キープしたら、イケますよ。

中田 そうですよね?

師岡 ねぇ!

中田 ハイ!

高桑 (兄さん、困ったように照れる。会場笑)
    ・・・ありえないです。


師岡 ありえない?なんで?!

秋田 そう思ったらダメですよね。そう思ったらできないですよね。

師岡 いや、そこまでやるのなら、そこにひとつ付け足したい。
    防御率0点台があるのは、その前に鉄壁の秋田豊がいるから。(会場拍手)
    そうですよ、ねぇ?
    中田くんが出て、そして秋田さんが守って、その後ろの守護神がいれば、ねぇ?
    日の丸軍団は防御率0点台で決勝トーナメント!
    夢じゃありませんよぉー。

秋田 大丈夫かなぁ?

師岡 私の理想なんでね、まぁ、みなさんもそう思ってくださると思うんですけどね。ハイ。
    さて、えー、時間もあっという間に過ぎてまいりましたけども、
    そろそろですね、またちょっと経験的な話になりまして、御三人さんに2001年
    今シーズンの目標、抱負などを最後に伺っていきたいんですけども、まず秋田さん。

秋田 ハイ。えー、まっ、チームとしてはやっぱり第1ステージ、第2ステージを取って
    完全優勝というのをやっぱりやってみたいっていうのがあります。
    3冠もとって、あのー、アジアの大会に今まで取ったことのない所に入る。
    アジアを取って、今度ジュビロ出ますけど、世界にねぇ、出てみたいですね。
    で、鹿島アントラーズという名前を広めたいです。


師岡 最初はその、秋田さん先程言われましたけども、鹿嶋という村おこし、町おこしから
    はじまったサッカーが今度は日本を代表するネーミングにしてくださいよ、ねぇ?

秋田 はい。
    (会場拍手)

師岡 そして、えー、高桑大二朗選手、今年の目標は?

高桑 そうですね、去年は本当信じられない1年でしたので、えぇ、
    まぁ、自分もお陰様であの、年棒もアップしまして、
    (会場笑、拍手)


師岡 良かったですね!
    あっ、社長(牛島社長も出席していました)もいらしゃってます。

高桑 (牛島社長にお辞儀をする兄さん)
    で、まぁ、このままじゃ終われないんで、えー、
    自分としては自分のレベルもアップしていきたいと共に鹿島アントラーズという名前も 
    本当にえー、どんどん世界に向けてこう、あと1年頑張っていきたいと。。。

師岡 そうですね。そして、中田浩二さん。

中田 ハイ、あの、チームとしてはやっぱり去年以上の成績っていうか、
    秋田さんも言われたんですけど、全部タイトル獲るようになると思うんで、
    まぁ、ファンのみなさんも凄い期待してると思いますし
    それを目指して頑張っていきたいと思いますし、まぁ、
    ボク個人としてやっぱり、2002年ワールドカップあるんで
    今年は本当大事な年だと思うんで、まぁ、代表定着っていうか、
    まぁ、定着するよりも試合に出ることのほうが大事だと思うんですけども、
    まぁ、代表に定着してポジションを取るということをやっていきたいと思います。


師岡 そうですね。そのためにはもう、皆さんに是非
    スタジアムに足を運んで頂きたいと思うんですけども。
    秋田さん、4万人を超すスタンドが真っ赤に染まるっていうのはいいですねぇ?

秋田 夢のようですね。

師岡 夢のようですよねぇ?

秋田 やっぱりそれがカシマ(スタジアム)でみれる、っていうのがねぇ、凄く大きなことだと思います。

師岡 そうですよね。是非あのー、アントラーズのゲームはね、41,800席当日券ナシ、完売。
    真っ赤なスタンドで埋めてもらいたいですね。

秋田 あの、多分5月19日にはそうなると思います。

師岡 楽しみですね!

秋田 はい、みんなで見に来てください。

師岡  みなさん、どうぞスタジアムのほうに足を運んでいただきたいと思います。
    えー、本日は忙しい中、秋田選手、高桑選手、中田選手の3人様に来ていただきまして
    まっ、ちょっと取り留めのない話になってしまいましたけども、申し訳ございませんでした。 
    改めまして3選手に大きな拍手を!
    本当にありがとうございました。 

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